退職給付債務や退職給付費用は、在籍する従業員の年齢や給与といった人事データだけでは計算できません。もう1つ、割引率・予想昇給率・退職率・死亡率といった「将来を見積もるための前提条件」が必要になります。これを計算基礎と呼びます。この記事では、計算基礎にはどんな種類があり、誰がどう決めるのか、どれくらいの頻度で見直すのかを整理します。
この記事で分かること
- 計算基礎とは何か。退職給付債務・退職給付費用の計算のどこで使われているか
- 計算基礎の2つの分類(金融経済的なもの・人口統計的なもの)
- 割引率の決め方の基本的な考え方と、割引率が動くと退職給付債務がどう変わるか
- 予想昇給率・退職率・死亡率・長期期待運用収益率、それぞれが何を表す数値か
- 計算基礎は誰が決めるのか(会社・年金数理人やアクチュアリー・監査法人の役割分担)
- 計算基礎はどれくらいの頻度で見直すのか(重要性の考え方)
1. 計算基礎とは何か ―退職給付債務を計算するための「前提」
退職給付債務(将来払う退職金・年金のうち、これまでの勤務で発生した分の、今の時点での値段)や退職給付費用(その年度分の負担額)を計算するには、在籍する従業員の年齢・勤続年数・給与などの人事データに加えて、将来どうなるかを見積もるための前提条件が要ります。この前提条件が計算基礎です。
例えば、「この人が何歳まで在籍するか」「途中で退職する確率はどれくらいか」「将来の給与はどう上がっていくか」「将来支払うお金を今の価値に換算するときの利率は何を使うか」といったことは、誰にも正確には分かりません。そこで、過去の実績や市場のデータをもとに、合理的な前提を置いて計算するわけです。
この数理計算は、通常は会社の担当者が自分で行うのではなく、年金数理人やアクチュアリーが所属する数理計算の委託先(DBの受託機関である信託銀行・生命保険会社や、退職給付会計の計算を扱うコンサルティング会社など)に委託して行うのが一般的です。とはいえ、計算基礎をどう置くかは会社にとっても人ごとではありません。同じ人事データでも、計算基礎の置き方次第で決算に載る金額が変わるからです。
なお、従業員数が少ないなどの理由で簡便法(期末の自己都合要支給額などを使う簡単な計算方法)を採用している会社では、この記事で扱う計算基礎の多くは使いません。簡便法については別の記事で扱います。また、企業型DCのような確定拠出制度は、会社が払うべき掛金をその期の費用にするだけなので、計算基礎を使う数理計算はありません。

本題に入る前に、この記事で出てくる言葉を整理しておきます。
| 用語 | かみ砕いた言い換え |
|---|---|
| 計算基礎 | 退職給付債務・退職給付費用を計算するために置く前提条件(割引率・昇給率・退職率・死亡率など) |
| 割引率 | 将来支払うお金を「今の値段」に換算するときに使う利率 |
| 長期期待運用収益率 | 年金資産(外部に積み立てているお金)を長期で運用したときに期待できる収益率 |
| 年金数理人・アクチュアリー | 年金・退職給付の数理計算の専門家(日本年金数理人会・日本アクチュアリー会の会員など)。委託先の信託銀行・生命保険会社・コンサルティング会社などに所属 |
| 重要性の判断 | 計算基礎を毎年見直すか、前年のまま使ってよいかを判断すること |
2. 計算基礎の2つの分類 ―金融経済的なものと人口統計的なもの
退職給付債務の計算に使う計算基礎は、性質によって金融経済的な計算基礎と人口統計的な計算基礎の2つに分けられます。年金資産に関する長期期待運用収益率は、この2分類とは別に扱います。
金融経済的な計算基礎は、割引率のように、市場のデータや世の中で共有されている予測値をもとに設定するものです。会社の外の情報で決まる部分が大きいのが特徴です。一方、人口統計的な計算基礎は、退職率や死亡率のように、対象となる従業員集団の特性を反映するものです。退職率などは自社(または同じグループの企業集団)の実績を基に専門家が数理的な方法で推定し、死亡率は国の生命表を基に必要に応じて補正して使います(4章)。

この記事の3章・4章では、実務上とくに重要な割引率・予想昇給率・退職率・死亡率・長期期待運用収益率の5つを取り上げます。なお、予想昇給率は少し特殊で、「年齢や経験年数に応じた昇給部分」(人口統計的)と「ベースアップに相当する部分」(金融経済的)の両方の性質を持つ計算基礎です。
3. 割引率 ―安全性の高い債券の利回りを基礎に決める
割引率は、計算基礎の中でもっとも金額への影響が大きいものです。将来何十年も先に支払う退職金・年金を、今の時点の価値(現在価値)に換算するために使います。
会計基準では、割引率は安全性の高い債券の利回りを基礎に決めることとされています。具体的には、期末時点における国債・政府機関債・優良社債(複数の格付機関からダブルA格相当以上の格付けを得ている社債など)の利回りです。企業年金の年金資産を実際にどれくらいの利回りで運用できているか(運用実績)を、そのまま割引率として使うことはできません。あくまで「安全な債券の利回り」が基準になります。
また、割引率は退職給付を支払う見込みの時期(支払見込期間)を反映させる必要があります。給付が近い将来のものか、何十年も先のものかによって、実務上は、支払見込期間・金額を反映した1本の加重平均割引率を使う方法や、支払見込期間ごとに複数の割引率を使う方法のいずれかで設定します。

ここで押さえておきたいのは、割引率が下がると退職給付債務は増え、割引率が上がると退職給付債務は減るという関係です。将来支払うお金を今の価値に換算する目盛り(割引率)が小さくなるほど、今の価値としては大きく計算されるためです。金利の動き自体は会社の業績や努力とは関係のない外部要因ですが、決算の数字には大きく影響します。退職給付債務が前期から大きく動いたときは、まず割引率がどう変わったかを委託先に確認すると、原因をつかみやすくなります。
4. 予想昇給率・退職率・死亡率・長期期待運用収益率 ―何を、どう決めるか
割引率以外の主な計算基礎も見ておきましょう。いずれも数式は省き、「何を表す数値か」「どう決めるか」だけを押さえれば十分です。
予想昇給率
在籍する従業員の給与が将来どう上がっていくかを表す、年齢別の給与上昇率です。退職金を「退職時の給与×勤続年数に応じた乗率」のような給与比例の方式で計算する会社では、将来の給与水準を見積もるために重要な計算基礎になります。給与規程・平均給与の実態分布・過去の昇給実績などを基に合理的に推定します。ポイント制の退職金制度(勤続年数や職能に応じたポイントを積み上げ、ポイント×単価で退職金を決める方式)の場合は、「予想ポイント」や「ポイント単価の予想」がこれに当たります。
退職率
在籍する従業員が、自己都合や定年などによって年齢ごとにどれくらいの割合で退職していくかを表す数値です。通常は、リストラによる大量解雇や、退職加算金を上乗せした早期退職の勧誘のような異常な値を除いた、直近数年間の実績に基づいて算定します。入社後の数年間だけ退職率が高く、その後は定着するような会社では、年齢別ではなく勤続年数ごとの発生率を使うほうが適切な場合もあります。
死亡率
従業員が在職中・退職後の各年齢でどれくらいの割合で亡くなるかを表す数値です。年金は生存している期間にわたって支払われるため、生存する人数を見積もるために使います。会計のルールでは、国の全人口の生命表(日本では厚生労働省が公表する「完全生命表」「簡易生命表」)などを基に合理的に算定することとされています。生命表は働いていない人も含めた統計なので、必要に応じて補正して使います。終身で支払う年金制度で、保証期間がない、または短い場合は、死亡率が退職給付債務に与える影響が比較的大きくなります。逆に、退職一時金や、一定期間の支払いが保証された有期年金では影響は小さくなります。
長期期待運用収益率
企業年金として外部(信託銀行や生命保険会社など)に積み立てている年金資産を、長期的に運用したときにどれくらいの収益が期待できるかを表す数値です。年金資産が実際に退職給付の支払いに使われるまでの期間、保有している資産の構成(株式・債券などの配分)、過去の運用実績、運用方針、市場の動向などを踏まえて設定します。年金資産がない場合(企業型DCと退職一時金だけで、退職給付信託も設定していない会社など)は、この計算基礎は使いません。
| 計算基礎 | 何を表すか | 主に何を基に決めるか |
|---|---|---|
| 割引率 | 将来のお金を今の価値に換算する利率 | 安全性の高い債券(国債・政府機関債・優良社債)の利回り |
| 予想昇給率 | 将来の給与の上昇率 | 給与規程・平均給与の実態・過去の昇給実績 |
| 退職率 | 年齢ごとに自己都合・定年等で退職する割合 | 自社の過去の実績(異常値を除く) |
| 死亡率 | 年齢ごとの死亡の発生割合 | 国の生命表(完全生命表・簡易生命表) |
| 長期期待運用収益率 | 年金資産を長期運用したときの期待収益率 | 資産構成・過去の運用実績・運用方針・市場動向 |
5. 計算基礎は誰が決めるのか ―会社が確定し、専門家が助言する
計算基礎は専門的な数値ですが、最終的に決めるのは外部の専門家ではありません。日本年金数理人会・日本アクチュアリー会が定める実務基準では、専門業務(数理計算)を行う責任は年金数理人・アクチュアリーにあるが、財務諸表作成の最終的な責任は会社(企業)にあり、会計監査に関する最終的な責任は会社の監査役等および会計監査人にある、とされています。
同じ実務基準は、年金数理人やアクチュアリーに対して、計算に使う計算基礎を会社(依頼者)に確定してもらうことを求めています。年金数理人やアクチュアリーは、会社の依頼に応じて計算基礎の特性や相互の関係、変動による影響を助言し、合理的と考えられる計算基礎を提示しますが、それを最終的に確定するのは会社です。計算基礎を見直すべきかどうかという「重要性の判断」についても、責任を負うのは会社であり、その妥当性は会計監査(会計監査人の監査を受けている会社の場合)で確認されます。

根拠:日本年金数理人会・日本アクチュアリー会「退職給付会計に関する数理実務基準」5(責任の所在)
実務の流れとしては、委託先が計算基礎の案を示し、会社がそれを確認して確定することになります。会社としては、案をそのまま受け入れるのではなく、前年からの変更点とその理由(金利がどう動いたか、退職率の実績がどう変わったかなど)を確認し、必要であれば説明を求めることが大切です。数理計算の細かい手法まで理解する必要はありませんが、「何を根拠にこの数値になったか」を説明できる状態にしておくと、監査法人からの質問にも対応しやすくなります。
6. 計算基礎の見直し頻度 ―毎年見直すとは限らない
計算基礎は、毎年必ず全面的に見直さなければならないわけではありません。会計基準には「重要性の基準」という考え方があり、計算基礎に重要な変動が生じていない場合には、前期と同じ計算基礎を使い続けることができます。ただし、重要な変動が生じているかどうかは決算のたびに確かめる必要があり、特に割引率は各事業年度に再検討することとされています。
この「重要な変動」の判断方法は、計算基礎の種類によって異なります。

数値による明確な基準があるのは割引率だけです。期末の割引率で計算し直すと退職給付債務が10%以上変動すると推定されるかどうかで判断します(割引率そのものが10%動くという意味ではありません)。長期期待運用収益率は「当期損益に重要な影響があると認められる場合」、予想昇給率・退職率などは「企業固有の実績などに基づいて退職給付債務などに重要な影響があると認められる場合」に見直すとされており、いずれも数値の基準は示されていません。
確定給付企業年金(DB)を実施している会社では、DBの財政再計算(少なくとも5年ごとに行う、掛金の見直し作業)との関係も押さえておきましょう。DBの掛金を計算する前提(基礎率)と、退職給付会計の計算基礎は、目的もルールも異なる別物です。例えば、DBの予定利率は積立金の運用の見込みに基づく掛金計算用の率で、会計の割引率(安全性の高い債券の利回りが基礎)とは決め方が違います。
一方、退職率や予想昇給率は、どちらも同じ従業員の実績から推定するものです。会計の適用指針は、財政再計算で基礎率が見直されたときは、会計の計算基礎にも反映させるべきか検討するのが適当としています。ただし、DBの基礎率をそのまま会計に使ってよいとは限らず、財政上の観点や法令の制約、対象者の範囲の違いに留意して妥当性を検討する必要があります。また、DBのない退職一時金制度でも、財政再計算にならって一定年数ごとに計算基礎を見直すことが一般的とされています(数理実務基準のガイダンス)。財政再計算の時期は、DBを担当する部署や受託機関・年金数理人に確認しておくとよいでしょう。
▶ 会社としてやること
- 決算のたびに提示される計算基礎(案)を確認し、前期からの変更点と理由を把握しておく
- 割引率が大きく動いた期は、退職給付債務・費用への影響について、委託先や監査法人からの説明をメモしておく
- DB制度がある場合は、財政再計算で基礎率が見直された年に、会計の計算基礎(退職率・予想昇給率など)も見直すかを委託先と確認する
- 計算基礎の案は委託先が作るが、確定するのは会社。「何を基にこの数値にしたか」を人事・経理として説明できるようにしておく
まとめ
- 計算基礎とは、退職給付債務・退職給付費用を計算するための「将来の前提条件」。人事データだけでは計算できず、割引率・予想昇給率・退職率・死亡率・長期期待運用収益率などを置く
- 計算基礎は、市場データを参考にする金融経済的な計算基礎(割引率など)と、従業員集団の特性を反映する人口統計的な計算基礎(退職率・死亡率など)に分けられる。長期期待運用収益率はこれとは別に年金資産について設定する
- 割引率は、期末における安全性の高い債券(国債・政府機関債・優良社債)の利回りが基礎。割引率が下がると退職給付債務は増え、上がると減る
- 数理計算は年金数理人・アクチュアリーが行うが、計算基礎を最終的に確定する責任は会社にある。財務諸表作成の責任も会社、会計監査の責任は監査役等・会計監査人にある
- 計算基礎は毎年全面的に見直すわけではなく、「重要な変動」があるときに見直す。数値基準があるのは割引率だけ(期末の割引率で計算すると退職給付債務が10%以上変動するかどうか)
- DBの基礎率と会計の計算基礎は別物。ただし財政再計算で基礎率が見直されたときは、会計の退職率・予想昇給率なども見直すべきか検討する
出典・参考
- 企業会計基準委員会「企業会計基準第26号 退職給付に関する会計基準」:ASBJ 会計基準一覧
- 企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第25号 退職給付に関する会計基準の適用指針」(第24項:割引率、第25項:長期期待運用収益率、第26項:退職率、第27項:死亡率、第28項:予想昇給率、第30〜32項:計算基礎の重要性の判断、第101項:財政再計算時の見直しの検討):ASBJ 適用指針第25号(PDF)
- 公益社団法人日本年金数理人会・公益社団法人日本アクチュアリー会「退職給付会計に関する数理実務基準・数理実務ガイダンス」(最終改定2020年4月27日。数理実務基準5.責任の所在、8.計算基礎の確定、9.計算基礎に関する助言/数理実務ガイダンス第4節4.2:DBのない制度での見直し頻度の考え方)
- 厚生労働省「生命表」(完全生命表・簡易生命表):厚生労働省 第23回生命表(完全生命表)
- DC Insider DB関連法令ページ
本記事は制度の概要を分かりやすく説明することを目的としており、個別の制度の取扱いは各社の規約・規程や、数理計算の委託先・監査法人などの専門家にご確認ください。
退職給付の基礎 記事一覧
退職給付制度の基礎を扱う記事です。順番に関係なく、必要なところから読めるように書いています。
| 分野 | 記事 |
|---|---|
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| 企業型DC 給付・移換 | 老齢給付金(準備中)/障害給付金・死亡一時金・脱退一時金(準備中)/退職者の資産はどうなる:ポータビリティと自動移換(準備中)/iDeCoと企業型DCの関係(準備中) |
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| DB 給付 | DBの給付の種類(準備中)/DBの給付算定式(準備中)/DBの年金と一時金(準備中) |
| DB 掛金と財政 | DBの掛金の種類(準備中)/財政再計算(準備中)/財政検証(準備中)/積立不足が出たら(準備中) |
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