確定給付企業年金(DB)や退職一時金制度を採用している会社の損益計算書には、毎期「退職給付費用」という金額が人件費として計上されます。この金額は、その年に会社が退職金のために実際に支払ったお金の額とは、通常一致しません。将来払う退職金の権利がどれだけ積み上がったか、年金資産の運用がどれだけ進んだかを踏まえて計算される、少し独特な費用です。この記事では、退職給付費用がどんな要素の足し引きでできているか、なぜ毎年の額がぶれるのかを整理します。
この記事で分かること
- 退職給付費用が「勤務費用+利息費用-期待運用収益±差異の費用処理額」の足し引きでできていること
- 勤務費用・利息費用・期待運用収益、それぞれが何を意味しているか
- 数理計算上の差異・過去勤務費用が生じる理由と、なぜ一括で費用にせず少しずつ処理するのか
- 企業型DCの掛金と比べたときの、費用の性格の違い
- 退職給付費用と、貸借対照表の負債(退職給付引当金等)との関係
1. 退職給付費用とは ―4つの要素の足し引き
退職給付費用とは、確定給付制度(DB・退職一時金)について、その期に会社が負担すべき退職給付のコストを会計上の計算で求めたものです。今期の勤務で新たに増えた分と、時の経過で増えた分を足し、年金資産の運用で見込む収益を差し引き、さらに過去の見積り違いや制度改定の影響のうちその期に費用にする分を加減して求めます。実際に支払った退職金の額や、拠出した掛金の額とは別の計算です。

根拠:企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」第14項
式で表すと、次のようになります。
- 退職給付費用 = 勤務費用 + 利息費用 - 期待運用収益 ± 数理計算上の差異・過去勤務費用の当期費用処理額
この合計額が、損益計算書に人件費(原則として売上原価または販売費及び一般管理費)として計上されます。以下、それぞれの要素を順番に見ていきます。
2. 勤務費用・利息費用・期待運用収益 ―3つの基本要素
勤務費用は、退職給付見込額(将来支払う退職給付の総額の見積り)のうち、今期の労働の対価として新たに発生したと認められる額を割り引いたものです。退職給付債務を計算する過程で、あわせて算定されます(退職給付債務の計算方法は別の記事で扱います)。
利息費用は、期首時点の退職給付債務について、期末までの時の経過によって生じる計算上の利息です。将来のお金を今の値段に割り引いた退職給付債務は、支払見込日に近づくほど値段が上がっていく性質があり、その1年分の増加分を利息費用として計算します。期首の退職給付債務に割引率を掛けて求めます。
期待運用収益は、年金資産の運用によって合理的に期待される計算上の収益です。期首の年金資産の額に、長期的に期待される収益率(長期期待運用収益率)を掛けて計算します。ここで注意したいのは、期待運用収益はあくまで「見込み」であり、実際の運用成果とは別物だということです。この差は、後述する数理計算上の差異として扱われます。

根拠:企業会計基準第26号第8〜10項・第17項・第21項・第23項
勤務費用と利息費用は退職給付費用を増やす方向に、期待運用収益は退職給付費用を減らす方向に働きます。ほかの条件が同じなら、年金資産から見込まれる期待運用収益の分だけ、計算上の退職給付費用は軽くなります。ただし、実際の運用成果が期待を下回った分は数理計算上の差異となって後の費用を増やすため、運用していれば毎期の費用が必ず軽くなる、というわけではありません。
3. 数理計算上の差異・過去勤務費用 ―毎年の費用がぶれる理由
退職給付費用の額は、勤務費用・利息費用・期待運用収益だけでは決まりません。「予定」と「実績」のズレや、制度の改定によって生じる調整分も加減されます。
数理計算上の差異は、次のようなズレから発生します。
- 年金資産側:期待運用収益と、実際の運用成果とのズレ
- 退職給付債務側:割引率・退職率・昇給率といった見積りの前提(基礎率)と実績とのズレ、または基礎率そのものを見直したことによる変動
過去勤務費用は、退職金規程やDB規約の給付水準の改訂など、制度の内容を変更したことによって生じる、退職給付債務の増加・減少部分です。例えば、退職金の算定式を引き上げる、あるいは引き下げる改定をした場合に発生します。

根拠:企業会計基準第26号第11項・第12項・第24項・第25項・第27項・第39項、企業会計基準適用指針第25号第35項
これらは、発生した年に全額を費用にする方法のほか、平均残存勤務期間(従業員が平均してあと何年働くか)以内の一定の年数で按分して、毎期の費用に少しずつ計上する方法(遅延認識)がとられます。どちらの方法・何年で処理するかは会社の会計方針として決め、継続して使います。まだ費用にしていない部分は「未認識数理計算上の差異」「未認識過去勤務費用」と呼ばれ、単体の決算書(個別財務諸表)では貸借対照表に載せず、連結の決算書(連結財務諸表)では純資産の部(その他の包括利益累計額)に計上します(詳しい会計処理は別の記事で扱います)。この仕組みがあるため、退職給付費用は従業員数や給与水準が大きく変わっていなくても、金利や株価、基礎率の見直しによって年ごとに変動することになります。
4. 企業型DCの掛金と比べると ―費用の性格の違い
ここまでの計算は、会社が給付の中身を約束する確定給付制度(DB・退職一時金)を前提にしたものです。企業型DC(確定拠出年金)の場合、会社の義務は規約で決められた掛金を拠出することに限られ、それ以上の負担を負わないため、退職給付費用のような計算は必要なく、その期に払うべき掛金の額(要拠出額)がそのまま費用になります。期末までに払っていない分があれば、未払金として計上します。

根拠:企業会計基準第26号第14項・第31項
DBと企業型DCを併用している場合は、DB分については上記の計算式で求めた退職給付費用を、DC分については払うべき掛金の額を、それぞれ費用として計上します。決算の数字を見るときは、どちらの制度に由来する費用なのかを区別して理解しておくと、増減の理由を把握しやすくなります。
5. 退職給付費用と貸借対照表のつながり
退職給付費用は、損益計算書に費用として計上されるのと同時に、貸借対照表の負債(単体の決算書では退職給付引当金)を増やす方向に働きます。一方、年金資産への掛金の拠出や、会社が退職者に直接払った退職一時金は、その負債を減らす方向に働きます。なお、年金資産が多く、資産(単体の決算書では前払年金費用)が計上されている場合は、退職給付費用はその資産を減らす方向に、掛金の拠出は増やす方向に働きます。年金資産の中から支払われる年金・一時金は、退職給付債務と年金資産が同じだけ減るため、負債の額は変わりません。

根拠:企業会計基準第26号第13項・第27項・第39項
負債が計上されている場合、単体の決算書では、当期末の退職給付引当金=前期末の退職給付引当金+退職給付費用-掛金の拠出額・会社が直接払った退職金という関係になります。連結の決算書(退職給付に係る負債)では、これに加えて、未認識の差異・過去勤務費用の残高の増減(その期に新たに発生した分から、過去に発生した分も含めてその期に費用にした分を差し引いた額)も負債に反映されます。
ここで押さえておきたいのは、退職給付費用と、会社から実際に出ていくお金(掛金・退職金の支払い)は別物だということです。費用が増えても、その年の支払額が増えるとは限りません。資金の計画は、掛金の予定額や退職金の支払予定額をもとに立てることになります。
実務上の注意点
▶ 会社としてやること
- 費用の変動要因を理解しておく:退職給付費用は割引率・運用実績・基礎率の見直しなどで年ごとに動く。前期比の増減を経営層に説明するときは、単純な業績の悪化ではなく、これらの要因が反映されていることを押さえておく
- 制度改定の影響を早めに確認する:退職金規程・DB規約の給付水準を改定すると過去勤務費用が発生する。改定を検討する段階で、数理計算の委託先(信託銀行・生命保険会社・コンサルティング会社など)に費用への影響額の試算を依頼する
- DBとDCの費用を区別して把握する:両方を併用している場合、決算書に出てくる退職給付費用がどちらに由来するかを区別しておくと、増減の理由を説明しやすい
- 費用とお金の出入りを分けて考える:退職給付費用・負債の動きは経理と共有しつつ、資金の計画は掛金の予定額や退職金の支払予定額をもとに立てる
まとめ
- 退職給付費用は、勤務費用+利息費用-期待運用収益±数理計算上の差異・過去勤務費用の当期費用処理額という式で計算される、人件費の一種
- 勤務費用は今期新たに発生した退職給付、利息費用は時の経過による退職給付債務の増加分、期待運用収益は年金資産に見込む運用収益(実際の運用成果とは別物)
- 数理計算上の差異(予定と実績のズレ)・過去勤務費用(給付水準の改訂など制度の変更)が加減されるため、従業員数や給与が変わらなくても毎期の費用がぶれる。発生年に全額を費用にするか、平均残存勤務期間以内の年数で少しずつ費用にする(遅延認識)
- 企業型DCはその期に払うべき掛金の額がそのまま費用になり、DBのような計算は不要。DBとDCを併用する会社は、費用の由来を区別して把握するとよい
- 退職給付費用は貸借対照表の負債も動かす。単体の決算書では当期末の退職給付引当金=前期末+退職給付費用-掛金の拠出額・会社が直接払った退職金。費用と実際のお金の出入りは別物
- 制度改定・運用実績・金利動向による費用の変動要因を理解し、数理計算の委託先・経理と連携して説明できるようにしておくことが望ましい
出典・参考
- 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」(第8項〜第12項:勤務費用・利息費用・期待運用収益・数理計算上の差異・過去勤務費用の定義、第14項:退職給付費用を構成する項目、第17項・第21項・第23項:それぞれの計算方法、第24項・第25項・注7:数理計算上の差異・過去勤務費用の費用処理方法、第31項:確定拠出制度の会計処理、第13項・第15項・第27項・第28項:貸借対照表・損益計算書等での表示、第39項:個別財務諸表での当面の取扱い)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」(第35項:数理計算上の差異の費用処理方法)
- 合格へのストラテジー 退職給付会計編2026(著者:本記事の筆者)第2章「退職給付債務等概要」(勤務費用・利息費用・期待運用収益・数理計算上の差異・過去勤務費用の各節)、第7章「会計処理の概要」(退職給付費用の計算式、退職給付引当金との関係)
本記事は制度の概要を分かりやすく説明することを目的としており、個別の会計処理や開示の取扱いは、顧問の公認会計士・監査法人、数理計算の委託先にご確認ください。
退職給付の基礎 記事一覧
退職給付制度の基礎を扱う記事です。順番に関係なく、必要なところから読めるように書いています。
| 分野 | 記事 |
|---|---|
| 全体像 | 退職給付制度とは何か/日本の年金は3階建て/退職給付制度の種類マップ/DBとDCの違い/企業年金の歴史/退職金制度の構成を読み解く:内枠と外枠 |
| 企業型DC 制度の基本 | 企業型DCの仕組み/企業型DCの登場人物/企業型DCの導入手続き(準備中)/規約変更の手続き(準備中)/制度の見直しと終了(準備中)/令和7年改正で企業型DCはどう変わるか(準備中)/DC制度の歩み |
| 企業型DC 加入者 | 加入者の範囲/入社・退社のときのDC事務(準備中)/休職・育休のときの拠出中断/勤続3年未満で退職したら:事業主返還 |
| 企業型DC 掛金 | 事業主掛金の決め方と納付(準備中)/マッチング拠出(準備中)/拠出限度額(準備中)/選択制DC(準備中)/DBと併用する会社の拠出限度額:他制度掛金相当額(準備中) |
| 企業型DC 運用 | 運用商品の選定と提示(準備中)/指定運用方法(準備中)/投資教育(準備中) |
| 企業型DC 給付・移換 | 老齢給付金(準備中)/障害給付金・死亡一時金・脱退一時金(準備中)/退職者の資産はどうなる:ポータビリティと自動移換(準備中)/iDeCoと企業型DCの関係(準備中) |
| 企業型DC 事業主の責務 | 事業主の行為準則(準備中)/運営管理機関の定期評価(準備中) |
| DB 制度の基本 | DBの仕組み(準備中)/規約型と基金型(準備中)/リスク分担型企業年金(準備中)/DBの登場人物(準備中)/DBの加入者(準備中)/DBの年間事務(準備中) |
| DB 給付 | DBの給付の種類(準備中)/DBの給付算定式(準備中)/DBの年金と一時金(準備中) |
| DB 掛金と財政 | DBの掛金の種類(準備中)/財政再計算(準備中)/財政検証(準備中)/積立不足が出たら(準備中) |
| DB 運用と責任 | DBの資産運用(準備中)/DBの受託者責任(準備中) |
| DB 変更・移行・終了 | DBの規約変更(準備中)/DBの給付減額(準備中)/DBとDCの間の資産移換(準備中)/DBの終了と清算(準備中) |
| 退職給付会計 | 退職給付会計とは/退職給付債務をかみ砕く/年金資産と退職給付に係る負債/退職給付費用の中身(この記事)/計算基礎/人事データ(準備中)/簡便法(準備中)/仕訳と決算(準備中)/注記(準備中)/制度を変えると会計はどうなる(準備中) |
| 年金税制 | 退職給付の税制は3段階(準備中)/退職所得控除(準備中)/掛金の税務と社会保険料(準備中) |
| その他の制度 | 退職一時金制度と退職金規程(準備中)/中退共(準備中)/特定退職金共済(特退共)(準備中)/特定業種退職金共済(準備中)/退職一時金からDCへ(準備中)/中退共とDCの組み合わせ(準備中) |