DBなどの企業年金を持っている会社の決算書には、「年金資産」「退職給付に係る負債」「退職給付引当金」といった科目が出てきます。これらは、外部に積み立てているお金(年金資産)と、将来払う退職給付の見積り額(退職給付債務)との差額を、貸借対照表にどう載せるかを定めたものです。この記事では、年金資産として認められる条件、差額の計上ルール、そして単体の決算書(個別財務諸表)とグループ全体の決算書(連結財務諸表)とで数字の出方が変わる理由を整理します。
この記事で分かること
- 「年金資産」として認められるための4つの条件と、具体的にどんな資産が該当するか
- 退職給付債務から年金資産を差し引いた額が、負債になるか資産になるかの考え方
- 複数の制度を持っている場合、積立超過と積立不足を相殺できない理由
- 個別財務諸表と連結財務諸表とで、負債の名称・金額の出し方が異なる理由
- 退職給付信託の概要(会社の資産を外部に移して年金資産にする仕組み)
1. 年金資産とは ―退職給付債務と相殺できる資産の条件
企業年金制度を持っている会社では、将来の退職給付の支払いに備えて、信託銀行や生命保険会社といった外部の機関にお金を積み立てています。このお金を退職給付会計では年金資産と呼びます。ただし、会社が外部に置いているお金であれば何でも年金資産になるわけではなく、退職金規程やDBの規約などに基づいて特定の退職給付制度のために積み立てられ、次の4つの条件をすべて満たす必要があります。

具体的には、確定給付企業年金(DB)や厚生年金基金で積み立てられている資産、後で説明する退職給付信託に拠出された資産がこれにあたります。一方で、会社が単に「退職金の支払いに備えて」社内に留保している現金や、目的を特に限定せずに積み立てている資金は、上記の条件(特に「会社から法的に分離されていること」「会社への返還が禁止されていること」)を満たさないため、年金資産には該当しません。
また、年金資産の額は期末における時価で評価します。DBの財政運営(掛金を決めるための計算)では、規約の定めにより、時価の短期的な変動をならした評価額を使うこともありますが、会計ではそうした調整をしません。そのため、株式や債券の市場価格の変動によって、年金資産の額は毎期そのまま変動します。
2. 退職給付に係る負債(資産)―差額の計上ルール
退職給付債務から年金資産を差し引いた額を「積立状況を示す額」といいます。この額がプラスであれば負債、マイナスであれば資産として貸借対照表に計上します。この額がそのまま貸借対照表に載るのは連結財務諸表の場合で、単体の決算書(個別財務諸表)では、次の3.で説明する調整を加えた額を計上します。

年金資産よりも退職給付債務のほうが大きい「積立不足」の状態では、差額が負債として計上されます。外部に年金資産を持たない退職一時金制度では、退職給付債務がそのまま負債になります。逆に、運用が好調で年金資産が退職給付債務を上回る「積立超過」の場合は、差額が資産として計上されます。
ここで注意したいのが、複数の退職給付制度を持っている会社の扱いです。DBを2つ持っている、DBと退職一時金を両方持っている、といったケースでは、積立状況は制度ごとに計算します。一方の制度が積立超過であっても、その超過分を、別の制度の積立不足の穴埋めに充てて相殺することはできません。制度を複数運営している場合は、それぞれの積立状況を個別に把握しておく必要があります。
3. 個別財務諸表と連結財務諸表で数字が変わる ―退職給付引当金と退職給付に係る負債
退職給付会計で分かりにくい点の一つが、同じ会社・同じ時点の数字でも、単体の決算書(個別財務諸表)とグループ全体の決算書(連結財務諸表)とで、負債の名称も金額も異なることです。これは、会計基準が2012年(平成24年)に大きく改正された際、連結財務諸表だけを国際的な会計基準も参考に変更し、個別財務諸表は当面の間、従来の方法を続けることとされたために生じています。

退職給付債務や年金資産は、予測と実績のずれ(数理計算上の差異)や、制度改定による給付水準の変更(過去勤務費用)によって、毎期見積りが修正されます。このうち、その期にすぐには費用として処理しない部分を「未認識数理計算上の差異」「未認識過去勤務費用」(まとめて未認識項目)と呼びます。
数理計算上の差異や過去勤務費用は、発生した年に全額を費用にするのではなく、原則として何年かに分けて少しずつ費用にしていきます(遅延認識)。この「少しずつ費用にする」点は、個別財務諸表でも連結財務諸表でも同じです。違うのは、まだ費用にしていない部分(未認識項目)を貸借対照表に載せるかどうかです。
個別財務諸表では、未認識項目を貸借対照表に載せず、「退職給付引当金」として、退職給付債務から年金資産を差し引き、さらに未認識項目を調整した額(未認識の損失なら差し引き、利益なら加える)を計上します。この調整後の額がマイナスになる場合は、資産の「前払年金費用」になります。負債か資産かは調整後の額で決まるため、個別財務諸表では、積立不足なのに前払年金費用が、積立超過なのに退職給付引当金が計上されることもあります。
一方、連結財務諸表では、未認識項目も発生した期に全額を貸借対照表に載せます(即時認識)。負債科目は「退職給付に係る負債」(積立超過の場合は「退職給付に係る資産」)と呼ばれ、退職給付債務から年金資産を差し引いた額がそのまま計上されます。未認識項目の分は、税効果を調整したうえで、純資産の部の「その他の包括利益累計額」(退職給付に係る調整累計額)に計上し、費用にした分だけ順次振り替えていきます。
仮の数値で確認してみます。

この例のように、同じ会社・同じ時点の数値であっても、個別決算の負債は250、連結決算の負債は300になります。連結では、差額の50(損失)を負債に含め、同じ額だけ純資産の部(その他の包括利益累計額)を減らしています。個別でも50が消えたわけではなく、今後の決算で少しずつ費用になっていきます。連結財務諸表を作る会社の決算資料を見る際は、個別と連結のどちらの数値を見ているかを意識する必要があります。
4. 退職給付信託の概要 ―自社の資産を外部に移して年金資産にする
退職給付会計に対応する手段の一つとして、退職給付信託という仕組みがあります。これは、会社が保有する金銭や株式などを信託銀行に拠出し、退職給付の支払いや企業年金制度への拠出に充てるものです。一定の要件(退職金規程等で目的が確認できること、会社に収益が戻らない他益信託であること、会社から法的に分離され返還が禁止されていること、管理・運用・処分を受託者が行うこと)を満たせば、この信託財産も年金資産として扱われます。

退職給付信託を設定すると、それまで会社の内部に留保していた資産が外部に積み立てられた形になるため、退職給付会計上の積立不足を圧縮する効果があります。ただし、退職給付信託は積立不足を埋めるために設定するものなので、設定した時点で年金資産が退職給付債務を上回ってしまう分は、年金資産とは認められません。退職一時金制度のように、もともと外部に資産を積み立てていない制度を運営している会社が、実質的に外部積立型に近づける手段としても使われます。また、信託した資産が株式である場合、名義は信託銀行に移りますが、議決権行使の指図を会社に残せる場合がある点も特徴です。
一方で、退職給付信託に拠出した資産は会社に返還されないことが基本で、現金や他の資産と入れ替えることもできません。設定・解約の判断には、会計処理だけでなく税務上の扱いも絡む専門的な検討が必要になるため、導入を検討する場合は会計士や信託銀行に相談しながら進めることになります。
実務上の注意点
年金資産・退職給付に係る負債は、経理部門が数理計算の委託先(信託銀行・生命保険会社・コンサルティング会社など)の計算結果を受け取り、決算に反映していく分野です。制度を運営するうえでは、次の点を押さえておくと理解が深まります。
- 自社が複数の退職給付制度を持っている場合、制度ごとに積立状況を把握しておく。一つの制度の積立超過を、別の制度の積立不足に充てることはできない
- 決算資料を見るときは、個別財務諸表(自社単体)か連結財務諸表(グループ全体)かを確認する。負債の名称(退職給付引当金/退職給付に係る負債)も金額も異なることがある
- 年金資産の額は期末の時価で決まるため、株式市場等の動向によって毎期変動する。運用状況とあわせて、経理部門や数理計算の委託先からの説明を確認しておく
- 退職給付信託を設定している(または検討している)場合は、拠出した資産は原則として会社に戻らないことを踏まえ、会計士・信託銀行に事前相談する
まとめ
- 年金資産は、退職給付専用・会社から法的に分離・返還や解約の原則禁止・資産の交換禁止という4条件をすべて満たす資産のみが該当し、DB・厚生年金基金の積立金や退職給付信託がこれにあたる
- 年金資産は期末の時価で評価する。DBの掛金計算で使うことがある、時価の変動をならした評価額とは異なる
- 退職給付債務から年金資産を差し引いた額がプラスなら負債、マイナスなら資産として計上する(そのまま載るのは連結財務諸表。個別財務諸表は未認識項目を調整した額)。複数制度がある場合は制度ごとに計算し、相殺はできない
- 個別財務諸表では「退職給付引当金」として未認識項目を貸借対照表に載せない額を、連結財務諸表では「退職給付に係る負債」として未認識項目も含めた額(退職給付債務-年金資産)を計上するため、同じ会社でも単体と連結で名称・金額が異なる。差異を少しずつ費用にする点は両者同じ
- 退職給付信託は、会社の資産を外部に移して年金資産にする仕組み。積立不足の範囲で設定でき、拠出した資産は原則として会社に戻らない
- 自社の決算資料を見るときは、個別か連結か、複数制度の場合は制度ごとの積立状況がどうなっているかを、経理部門や数理計算の委託先に確認するとよい
出典・参考
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準第26号 退職給付に関する会計基準」(第7項:年金資産の定義・要件、第13項・注1:積立状況を示す額と複数制度の取扱い、第22項:年金資産の評価、第24項・第25項:差異の費用処理、第27項:連結の表示、第39項:個別財務諸表における当面の取扱い、第86項〜第88項:個別の取扱いの経緯)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準適用指針第25号 退職給付に関する会計基準の適用指針」(第17項:年金資産、第18項・第19項:退職給付信託の要件と会計処理、第83項・第85項・第88項・第90項:設定時の積立超過・議決権の指図・返還されないことの考え方)
- e-Gov法令検索「確定給付企業年金法施行規則」(第48条:掛金計算に用いる積立金の額の評価方法)
- 本記事の数値例はすべて説明のための仮定であり、実在の会社の数値ではありません。
- 本記事は、公益財団法人財務会計基準機構が公表する企業会計基準等の内容を、一般に公開されている情報の範囲で要約・かみ砕いたものです。会計処理の詳細は必ず原典(上記リンク)でご確認ください。
本記事は制度の概要を分かりやすく説明することを目的としており、個別の会計処理は自社の会計方針や、会計士・数理計算の委託先にご確認ください。
退職給付の基礎 記事一覧
退職給付制度の基礎を扱う記事です。順番に関係なく、必要なところから読めるように書いています。
| 分野 | 記事 |
|---|---|
| 全体像 | 退職給付制度とは何か/日本の年金は3階建て/退職給付制度の種類マップ/DBとDCの違い/企業年金の歴史/退職金制度の構成を読み解く:内枠と外枠 |
| 企業型DC 制度の基本 | 企業型DCの仕組み/企業型DCの登場人物/企業型DCの導入手続き(準備中)/規約変更の手続き(準備中)/制度の見直しと終了(準備中)/令和7年改正で企業型DCはどう変わるか(準備中)/DC制度の歩み |
| 企業型DC 加入者 | 加入者の範囲/入社・退社のときのDC事務(準備中)/休職・育休のときの拠出中断/勤続3年未満で退職したら:事業主返還 |
| 企業型DC 掛金 | 事業主掛金の決め方と納付(準備中)/マッチング拠出(準備中)/拠出限度額(準備中)/選択制DC(準備中)/DBと併用する会社の拠出限度額:他制度掛金相当額(準備中) |
| 企業型DC 運用 | 運用商品の選定と提示(準備中)/指定運用方法(準備中)/投資教育(準備中) |
| 企業型DC 給付・移換 | 老齢給付金(準備中)/障害給付金・死亡一時金・脱退一時金(準備中)/退職者の資産はどうなる:ポータビリティと自動移換(準備中)/iDeCoと企業型DCの関係(準備中) |
| 企業型DC 事業主の責務 | 事業主の行為準則(準備中)/運営管理機関の定期評価(準備中) |
| DB 制度の基本 | DBの仕組み(準備中)/規約型と基金型(準備中)/リスク分担型企業年金(準備中)/DBの登場人物(準備中)/DBの加入者(準備中)/DBの年間事務(準備中) |
| DB 給付 | DBの給付の種類(準備中)/DBの給付算定式(準備中)/DBの年金と一時金(準備中) |
| DB 掛金と財政 | DBの掛金の種類(準備中)/財政再計算(準備中)/財政検証(準備中)/積立不足が出たら(準備中) |
| DB 運用と責任 | DBの資産運用(準備中)/DBの受託者責任(準備中) |
| DB 変更・移行・終了 | DBの規約変更(準備中)/DBの給付減額(準備中)/DBとDCの間の資産移換(準備中)/DBの終了と清算(準備中) |
| 退職給付会計 | 退職給付会計とは/退職給付債務をかみ砕く/年金資産と退職給付に係る負債(この記事)/退職給付費用の中身/計算基礎/人事データ(準備中)/簡便法(準備中)/仕訳と決算(準備中)/注記(準備中)/制度を変えると会計はどうなる(準備中) |
| 年金税制 | 退職給付の税制は3段階(準備中)/退職所得控除(準備中)/掛金の税務と社会保険料(準備中) |
| その他の制度 | 退職一時金制度と退職金規程(準備中)/中退共(準備中)/特定退職金共済(特退共)(準備中)/特定業種退職金共済(準備中)/退職一時金からDCへ(準備中)/中退共とDCの組み合わせ(準備中) |