確定給付企業年金(DB)や退職一時金制度を採用している会社では、決算のたびに「退職給付債務」という金額を計算します。決算書の負債の計算のもとになり、注記にも金額が載ります。将来支払う退職金を、今の時点の金額に置き換えたものですが、計算のしくみは複雑で、実際の計算は数理計算の委託先(信託銀行・生命保険会社・コンサルティング会社など)に委託するのが一般的です。この記事では、数式を使わずに、退職給付債務が「見積り→期間帰属→割引」という3つのステップでできていることを整理します。
この記事で分かること
- 退職給付債務が「将来払う退職金の、今の値段」であること。DCに退職給付債務がない理由
- ステップ1:退職給付見込額(将来払う総額)の見積りに何を織り込むか
- ステップ2:見積額のうち「今までの分」を取り出す2つの方法(期間定額基準・給付算定式基準)
- ステップ3:将来のお金を今の値段に割り引く考え方と、割引率が下がると債務が増える理由
- 実際の計算は誰が行っているか、会社として渡すべき情報は何か
1. 退職給付債務とは ―将来払う退職金の「今の値段」
退職給付債務とは、将来、退職のときに支払うことになる退職給付の総額のうち、決算日までに発生していると認められる部分を、今の値段に割り引いたものです。会社が退職金の全額を今すぐ払うわけではありませんが、すでに働いてもらった分に対応する退職金の権利は少しずつ積み上がっているという考え方(発生主義)に基づいています。
この計算が必要になるのは、確定給付企業年金(DB)や退職一時金制度のように、会社が給付の中身(金額や算定式)を約束する制度(確定給付制度)です。企業型DC(確定拠出年金)は、会社の義務が規約で決めた掛金を払うことに限られるため、退職給付債務という考え方自体がありません(決算日にまだ払っていない掛金があれば、未払金として計上するだけです)。
なお、この記事で説明するのは「原則法」と呼ばれる本来の計算方法です。従業員数が少ない会社など一定の場合には、期末の自己都合要支給額(今全員が自己都合で辞めたら払う退職金の額)を使うなど、計算を簡略化した「簡便法」も認められています。簡便法は別の記事で扱います。

根拠:企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」第6項・第16項
退職給付債務の計算は、次の3つのステップで行われます。
- 見積り:将来、退職のときに支払うことになる退職給付の総額(退職給付見込額)を見積もる
- 期間帰属:見積額のうち、決算日までに発生したと認められる部分を取り出す
- 割引:取り出した額を、支払う見込みの日までの期間を考えて今の値段に換算する
以下、この3ステップを順番に見ていきます。
2. ステップ1:退職給付見込額の見積り ―将来いくら払うことになるか
まず、在籍している従業員一人ひとりについて、将来退職するときに支払うことになる退職給付の総額(退職給付見込額)を見積もります。単純に「今の給与で計算した退職金の額」ではなく、退職率・死亡率(何歳でどれくらいの人が辞める、あるいは在籍し続けるか)や、予想される昇給・ベースアップなど、合理的に見込まれる変動要因を織り込んで計算します。退職事由(自己都合・会社都合等)や支給方法(年金・一時金)によって給付の額が変わる制度では、それぞれの発生確率も加味します。なお、DBで年金を受け取っている退職者や、年金の支給開始を待っている退職者がいる場合は、その人たちに今後支払う給付も退職給付債務に含まれます(この記事では在籍者を例に説明します)。
逆に、あらかじめ予測できない臨時の給付は見積りに含めません。例えば、早期退職の募集などに伴って一時的に支払われる割増退職金(早期割増退職金)は、労働の対価というより「将来の勤務を放棄することへの代償」という性格が強いため、退職給付見込額には織り込まず、従業員が制度に応募し、金額を合理的に見積もれるようになった時点で、その期の費用として処理します。一方、退職金規程に常設されている加算(一定の年齢以上で退職すると上乗せされる加算など)で、支給を合理的に見込めるものは、名称にかかわらず見積りに含めます。

根拠:企業会計基準第26号第18項(注5)、企業会計基準適用指針第25号第7〜10項
この見積り自体は数理計算の委託先が行いますが、その前提になる人事データ(生年月日・入社日・給与・退職金規程やDB規約の内容など)を渡すのは会社の役割です。データの範囲や精度は別の記事で扱います。
3. ステップ2:期間帰属 ―見込額をどの年度に配分するか
退職給付見込額が決まったら、次はそのうち「決算日までに、すでに発生したと認められる部分」を取り出します。この配分方法(期間帰属)には、次の2つの方法があり、会社はどちらかを選んで継続して使います。

根拠:企業会計基準第26号第19項、企業会計基準適用指針第25号第11〜13項
期間定額基準は、退職給付見込額を全勤務期間で均等に割った額を、各年度の発生額とする方法です。考え方が分かりやすい方法です。
給付算定式基準は、退職金規程・DB規約の給付算定式(勤続年数やポイントに応じて給付が決まる式)どおりに、各勤務期間に配分した額を発生額とする方法です。勤続年数が長くなるほど支給率が大きく上がっていく設計の場合、勤務期間の後半になるほど1年あたりの発生額が大きくなることがあります。もし後半の給付が初期に比べて著しく高い水準になる算定式であれば、その期間の給付は均等に生じているとみなして補正する必要があります(均等補正)。
どちらの方法を選ぶかは、自社の退職金・企業年金の制度設計や、いったん選んだ方法を継続する必要がある点も踏まえて、数理計算の委託先を交えて決めることになります。
4. ステップ3:割引 ―将来のお金を今の値段に換算する
期間帰属で取り出した「今までの発生額」は、実際に支払うのはずっと先(退職時や年金支給時)です。将来のお金は、今すぐ受け取れるお金より価値が低いという考え方に基づき、支払見込日までの期間を反映して割り引くことで、今の値段(現在価値)に換算します。これが退職給付債務です。
退職給付会計で使う割引率は、会社が自由に決めるものではなく、決算日時点の、安全性の高い債券(国債・政府機関債・優良社債)の利回りを基礎に決めます。市場の金利が変われば、割引率も連動して変わる仕組みです。

根拠:企業会計基準第26号第20項・注6
ここで押さえておきたいのは、割引率が下がるほど、退職給付債務は大きくなるという関係です。仮に「20年後に1,000万円の退職金を払う」としたとき、割引率3%で今の値段に換算すると約554万円ですが、割引率1%だと約820万円になります(説明のための単純化した仮定であり、実際の計算は個々の従業員ごとに予想退職時期別に行います)。将来のお金を大きく割り引くほど今の値段は小さくなり、逆に割引率が低いと、あまり割り引かれないため今の値段が大きく残るということです。
つまり、従業員の数や退職金の水準を何も変えていなくても、金利が下がった年は退職給付債務が増え、金利が上がった年は減ることがあります。決算のたびに退職給付債務の額が動く大きな要因の一つが、この割引率の変動です。なお、割引率等の計算基礎に重要な変動がない場合は見直さないこともできるとされています。
5. 誰が計算しているか ―数理計算の委託先
ここまでの3ステップは、いずれも専門的な数理計算を伴います。このため、年金数理人・アクチュアリーが所属するDBの受託機関(信託銀行・生命保険会社)や、退職給付会計の計算を扱うコンサルティング会社に計算を委託するのが一般的です。

会計基準や適用指針は、外部への委託や年金数理人の確認を義務づけているわけではなく、社内で計算すること自体は認められています。ただし、会社法や金融商品取引法にもとづく監査を受ける会社では、監査法人から、年金数理人やアクチュアリーが計算内容を確認したことを示す記名入りの報告書や、計算の前提・方法についての説明が求められます。そのため、実務上は外部の専門家に委託することになるのが通常です。
計算を委託しても、決算書を作る責任は会社にあります。計算結果が誤っていれば決算全体の信頼性にかかわります。計算プロセスを他人任せにせず、前提となるデータの正確さは自社で確認し、割引率などの計算の前提や計算結果の妥当性については、年金数理人やアクチュアリーに確認しておくことが大切です。
実務上の注意点
▶ 会社としてやること
- 人事データの提供:生年月日・入社日・給与など基礎となるデータを、依頼された時期・範囲で正確に提供する(データの内容は別の記事で扱います)
- 制度内容の伝達:退職金規程・DB規約を改定したときは、退職給付見込額が変わり退職給付債務も動くため、速やかに委託先へ連絡する
- 割引率の動きの理解:市場金利が下がると退職給付債務が増える方向に動くことを理解しておき、決算説明の際に慌てないようにする
- 期間帰属の方法の一貫性:期間定額基準・給付算定式基準のどちらを採用しているかを把握し、変更する場合は会計方針の変更にあたることを踏まえて委託先・会計士に相談する
まとめ
- 退職給付債務は、将来払う退職給付の総額のうち、決算日までに発生した部分を今の値段に割り引いたもの。DCは決めた掛金を払えば会社の義務が終わるため、この考え方がない
- 計算は「①退職給付見込額の見積り→②期間帰属(期間定額基準/給付算定式基準)→③割引」の3ステップで行われる
- 見積りには予想される昇給・退職率・死亡率などを織り込み、あらかじめ予測できない臨時の給付や早期割増退職金は含めない
- 期間帰属の方法はいったん選んだら継続適用が原則。給付が勤務期間の後半に著しく偏る算定式では均等補正が必要になる
- 割引率は決算日時点の安全性の高い債券の利回りが基礎。割引率が下がると退職給付債務は増える
- 実際の数理計算は、数理計算の委託先(年金数理人・アクチュアリーのいる信託銀行・生命保険会社やコンサルティング会社など)に委託するのが一般的。監査を受ける会社では、監査法人から専門家の記名入りの報告書や説明が求められるため、実務上は外部への委託が通常。会社は正確な人事データと制度情報を提供し、計算の前提と結果は専門家に確認する
出典・参考
- 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」(第6項・第16項〜第21項:退職給付債務・勤務費用・利息費用・割引率の定義と計算方法、第18項・注5:退職給付見込額の見積り、注8:計算基礎の重要性基準、第26項:小規模企業等の簡便法)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」(第4項・第7項〜第14項:退職給付見込額の見積り・期間帰属・割引の詳細、均等補正の考え方、第47項:簡便法を適用できる小規模企業等、第77項:期間帰属方法の選択は会計方針の選択)
- 合格へのストラテジー 退職給付会計編2026(著者:本記事の筆者)第2章「退職給付債務等概要」・第4章「退職給付債務等」
本記事は制度の概要を分かりやすく説明することを目的としており、個別の会計処理や開示の取扱いは、顧問の公認会計士・監査法人、数理計算の委託先にご確認ください。
退職給付の基礎 記事一覧
退職給付制度の基礎を扱う記事です。順番に関係なく、必要なところから読めるように書いています。
| 分野 | 記事 |
|---|---|
| 全体像 | 退職給付制度とは何か/日本の年金は3階建て/退職給付制度の種類マップ/DBとDCの違い/企業年金の歴史/退職金制度の構成を読み解く:内枠と外枠 |
| 企業型DC 制度の基本 | 企業型DCの仕組み/企業型DCの登場人物/企業型DCの導入手続き(準備中)/規約変更の手続き(準備中)/制度の見直しと終了(準備中)/令和7年改正で企業型DCはどう変わるか(準備中)/DC制度の歩み |
| 企業型DC 加入者 | 加入者の範囲/入社・退社のときのDC事務(準備中)/休職・育休のときの拠出中断/勤続3年未満で退職したら:事業主返還 |
| 企業型DC 掛金 | 事業主掛金の決め方と納付(準備中)/マッチング拠出(準備中)/拠出限度額(準備中)/選択制DC(準備中)/DBと併用する会社の拠出限度額:他制度掛金相当額(準備中) |
| 企業型DC 運用 | 運用商品の選定と提示(準備中)/指定運用方法(準備中)/投資教育(準備中) |
| 企業型DC 給付・移換 | 老齢給付金(準備中)/障害給付金・死亡一時金・脱退一時金(準備中)/退職者の資産はどうなる:ポータビリティと自動移換(準備中)/iDeCoと企業型DCの関係(準備中) |
| 企業型DC 事業主の責務 | 事業主の行為準則(準備中)/運営管理機関の定期評価(準備中) |
| DB 制度の基本 | DBの仕組み(準備中)/規約型と基金型(準備中)/リスク分担型企業年金(準備中)/DBの登場人物(準備中)/DBの加入者(準備中)/DBの年間事務(準備中) |
| DB 給付 | DBの給付の種類(準備中)/DBの給付算定式(準備中)/DBの年金と一時金(準備中) |
| DB 掛金と財政 | DBの掛金の種類(準備中)/財政再計算(準備中)/財政検証(準備中)/積立不足が出たら(準備中) |
| DB 運用と責任 | DBの資産運用(準備中)/DBの受託者責任(準備中) |
| DB 変更・移行・終了 | DBの規約変更(準備中)/DBの給付減額(準備中)/DBとDCの間の資産移換(準備中)/DBの終了と清算(準備中) |
| 退職給付会計 | 退職給付会計とは/退職給付債務をかみ砕く(この記事)/年金資産と退職給付に係る負債/退職給付費用の中身/計算基礎/人事データ(準備中)/簡便法(準備中)/仕訳と決算(準備中)/注記(準備中)/制度を変えると会計はどうなる(準備中) |
| 年金税制 | 退職給付の税制は3段階(準備中)/退職所得控除(準備中)/掛金の税務と社会保険料(準備中) |
| その他の制度 | 退職一時金制度と退職金規程(準備中)/中退共(準備中)/特定退職金共済(特退共)(準備中)/特定業種退職金共済(準備中)/退職一時金からDCへ(準備中)/中退共とDCの組み合わせ(準備中) |